アフガニスタン

hyorohyoro2007-01-07

ゼロが発見されたインドと、さらにそのゼロをヨーロッパに輸出したアラビアとの
間に位置するのがアフガニスタンである。
無理やり前回とつなげてみた。


正式名称 アフガニスタン・イスラム共和国
南がパキスタン西がイランで北の方には旧ソ連圏が広がっている。
やっぱりアフガニスタンと聞くと、
近年のアメリカ主導のアフガニスタン侵攻を思い浮かべる。
これを機会にアフガン侵攻について調べてみた。
情報源は日本語と英語のwikipedia
勘違い等も含まれると思うのでよろしく。


そもそもの原因はイランで1979年に起きたイラン・イスラム革命である。
これは要するに当時アメリカの支援を受けていた政権が
あまりに急進的な西欧化を目指したために反発を招き、
ついにはイスラムシーア派十二イマーム派を中心とした
反体制派が政権を掌握するに至ったと。
そういう出来事。


このイラン革命によってイランがイスラム国家となりました。、
周辺国は君主制の国が多く、その指導者達は自国にも同様の革命が起きるのではないか
という不安を持つことになるのです。
(イランイラク戦争もこのイラン革命が発端)
隣国アフガニスタンにもイスラム革命の影響は及びます。
ソ連アフガニスタン共産主義政権がなくなると非常に困るので
イスラム勢力を抑えてやろうとアフガニスタンに侵攻します。
これは1979年から10年間続く。
で、ここからがややこしいのですが
アメリカはこのソ連の侵攻を阻止するために
イスラム勢力側を支援しました。
イスラム革命という意味ではアメリカとソ連はむしろ同じ側に立ちそうなもんですが
そう単純にもいかないと。
このイスラム勢力というのが、
自身をイスラム義勇兵ムジャーヒディーン)と呼ばれる人たち。
この集団の中から後のテロ組織アルカイータが生まれたりしますからさらにややこしい。


ソ連は結局、アフガニスタンを制圧しきることはできなく撤退するわけですが
その後もアフガニスタンは荒れつづけます。
まずムジャーヒディーンが各所で暴れまわるようになります。、
それに対抗する形でターリバーン(イスラム神学生)と呼ばれる組織が
台頭し始めます。
で、民衆の支持を集め、
アフガニスタンの大部分を支配するようになったターリバーン。
が、非常に偏狭な解釈のイスラーム原理主義であり
だんだんと民衆の支持を失います。
この頃のターリバーンはアメリカと仲良しでありました。
一説によるとロシアの力の及ばない地域で、
中東への石油ルートに最適であることが関係するようですが
それが主因かどうかは俺にはよーわかりませんでした。


ところがターリバーンがアルカイータをかくまうようになって
アメリカとの関係がギクシャクし始めます。
これまたややこしいが、
アメリカ支援で生まれたようなもんであるアルカイータは
アメリカとイスラエルを敵視するようになり
アメリカのテロ集団へと成長したのでした。
そしてあのアメリカでのテロ事件があり
対にアメリカはアルカイーダを匿うアフガニスタンへと侵攻したのであった。


以上が簡単なまとめ。
世間で言われているように大国に振り回された結果の戦争という印象が強い。
しかし、じゃあどうすりゃ良かったのかといわれると
思考停止に陥ってしまうのでした。